上皇ご学友が上皇と絶交

眞子サンや秋篠宮家のお振る舞いに対しなぜ上皇、上皇后が苦言を呈されなのか?国民とともに歩むと言いながら、国民の声を無視し、結婚を進めようとしている様にみえて、もう、国民の多くは皇室は終わったと感じているけど、それに関して、上皇陛下の80年来の御学友明石元紹さんが嘆いておられるということは今まで週刊誌が書いてきてた。

週刊誌は全て、上皇后は読んでおられらるらしいけど、上皇が裁可をされた眞子サンの結婚問題について、知らんふりのままだった・・。

そしてついに、上皇陛下の80年来の御学友明石元紹さんが上皇に「絶縁宣言」だそうですよ。

なぜ皇室がここまで情けない状態になったのか?遡れば、やはり、美智子さまが皇室入りされたことが原因であることがわかる。

上皇ご学友が「絶縁宣言」

「私は今、上皇さまとは絶縁状態です。以前のようにお付き合いすることはもうないと思います」

そう衝撃的な事実を打ち明けたのは、上皇さまと『学習院幼稚園』時代から80年以上にわたってご交流があった明石元紹さん。

上皇のご学友明石元紹さん上皇と絶縁

“上皇さまを最も知る存在”として、ご成婚や即位、生前退位に際してたびたび取材を受けてきた。

'13年に出版した上皇さまについての著書『今上天皇 つくらざる尊厳 級友が綴る明仁親王』(講談社)には、
《学校、疎開、スポーツと、陛下のお傍で過ごす運命になったのである。そのため、日記のように私の生涯をつづると、陛下の思い出が大半を占めてしまうのである》

とあり、上皇さまと過ごされた充実した日々が伝わる。

 

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「上皇さまは、生まれつき特別な存在でいらしたことも確かだけど、級友の私から見たら“ふつうの子ども”だったんです」(明石さん、以下同)

学習院初等科時代は日光への疎開をともに経験し、中等科時代からはあだ名で呼び合う仲に。

「あのころは身体的特徴のあだ名も平気でつけていて、当時皇太子殿下だった上皇さまのあだ名は“チャブ”でした。スポーツで日焼けされた肌を、蚊取り線香の器に使う茶色い素焼きの豚と重ねて名づけたんです。それほどの仲でした」

当時は敬語を使わず、上皇さまも特別扱いされないことがうれしいご様子だったという。

 

 

 

あだ名で呼び合う間柄だから相当な信頼関係なんだわ。

 

高等科時代には馬術部のチームメートだったおふたり。大学以降は別々の道を歩むも、ご交流は続いた。

「上皇さまの皇太子時代は、休日をご一緒に過ごし、頻繁に馬術のお供をしました。多い年には年間40回、お住まいの東宮御所に伺いました

 

 

 

年に40回も東宮御所に伺うって、かなりの親友

 

 

「怒っていることを示したかった」

「'16年8月、上皇さまは実質的に生前退位の意向を表明するビデオメッセージを公表されましたが、私はその約2週間前にお電話を頂戴しました。私が学友としてマスコミの取材を受けることを踏まえられたのか、“誤った情報を伝えてほしくないので、明石には自分の考えを知っておいてほしい”というニュアンスだったと思います」

生前退位のご意向を事前に打ち明けるほどの固い信頼関係に、いったい何があったのか─。

「コロナ禍以前は年に1度、学習院初等科時代の同窓会があり、上皇さまは毎年おいでになっていました。最後に開催されたのは上皇さまが退位された後の'19年だったと思います。例年どおり、会の準備を私も手伝いましたが、当日は出席しなかった。なぜなら“私が怒っていること”を上皇さまに示したかったからです」

 

 

 

明石さんも生前退位には反対だったんだわ。同窓会に欠席して、怒っていることを示しても、天皇(当時)はわかってないでしょ。

 

明石さんは「陛下は今も気づいておられないかもしれないけれど……」と、少しうつむいたが、こう続けた。

「長い間、私が敬愛してきたのは、ご自身たちを犠牲にして国民のこと、そして世界平和のことを第一に考えてくださる皇室でした。ですが、今の皇室に対して私はそうは思いません。皇室は変わってしまった。

 

 

 

結局、美智子さまが皇室に入ってから変わっちゃったのよ。

 

その顕著な例が、眞子さまと小室圭さんの結婚問題です。国民がコロナ禍に苦しんでいる中で、“公”より“私”を優先している皇室のことは信じられません

眞子さまと小室さんの結婚問題が、上皇さまと明石さんの友情を切り裂くきっかけの1つになっていたのだ。

 

 

 

上皇が退位の前に、裁可を取り消す、の一言で終わっていたのに、それをしなかったので今まで長引いている。天皇(当時)は孫に嫌われたくないただのお爺ちゃんなのよ。

 

明石さんは語気を強める。

このような皇室をつくられたのは上皇ご夫妻だと思うのです。

 

 

 

これをはっきり言ってくれるのはこのご学友以外いない。誰も言えないからこんな皇室になってしまった。上皇はこれを読んでる?

 

おふたりはご結婚後に“ふつうの生活”を送ろうとなさった。

“国民の気持ちを知るには、皇室も一般家庭と同じような暮らしをするべきだ”とお考えになったのでしょうが、その努力が結果的に逆効果をもたらしてしまったのです」

 

 

 

大きな御所に住んで、何もかも特別扱いの生活をしながら、庶民と同じ暮らしなんて出来るわけないやん。

 

'59年4月、民間から初めて皇室に嫁がれた美智子さまは“あたたかい家庭”を築くためにさまざまな慣例を変えてこられた。

「このような皇室をつくられたのは上皇ご夫妻だと思うのです。おふたりはご結婚後に“ふつうの生活”を送ろうとなさった。“国民の気持ちを知るには、皇室も一般家庭と同じような暮らしをするべきだ”とお考えになったのでしょうが、その努力が結果的に逆効果をもたらしてしまったのです」

'59年4月、民間から初めて皇室に嫁がれた美智子さまは“あたたかい家庭”を築くためにさまざまな慣例を変えてこられた。

 

 

 

現在の天皇のマイホーム主義は美智子さまの温かい家族、家庭主義が原因ね。

 

「上皇ご夫妻も私も、子どもたちが結婚したころの冬の晩、同級生夫婦4組で皇居にお邪魔しました。久々の世間話で盛り上がる私たちに、美智子さまは手料理のお鍋をご馳走してくださったのです。鍋物を選ばれたのは、私たちのふだんの食事を意識されたからなのかもしれません」

国民に近づきすぎてしまった“皇室”

しかし、明石さんは上皇ご夫妻が吹き込まれたこの“新しい風”こそが、現在の皇室を形成してしまった根源だと考えている。

 

 

 

これは誰もが思っているけど口に出せないのよ。それを明石さんは言ってくれた。

 

皇室の方々は生まれながらにして特別な存在で、そのような方々が国民に近づきすぎてはならなかった。皇族として我慢を強いられるところや、“ここまで行っては、ふつうの人になってしまう”という一線を、上皇ご夫妻は越えられてしまわれたのです」

一線を越えられたことで、一般の国民と同様に“公”より“私”を優先する場面が見受けられるように。

「思い返せば眞子さまの父親である秋篠宮さまも同様です。秋篠宮さまと紀子さまとの婚約内定が報道されたのは、昭和天皇が崩御されてから約半年後の'89年8月。そのころはまだ喪中で、国民が経済活動を自粛していた時期でした」

昭和天皇の喪中なのに婚約内定会見をしたことは未だに批判されているわよね。しかしそれを許したのは上皇と上皇后だからね

喪中の婚約発表というのは異例の出来事として、世間、とりわけ皇室関係者に衝撃を与えた。

「言い換えれば、秋篠宮さまは結婚を我慢できず“私”を優先されたということです。

結婚=肉体関係が待ち切れなかったんでしょ。眞子サンも同じことをしたいと言っているのよね。親がしてきたことをそのまま、しているってことなのよ。

秋篠宮さまは幼いころから宮内庁に干渉されることを極力避けられ、“自由でいたい”というお考えでした。秋篠宮さまのご結婚から、皇室の変化が露わになり始めたように感じています」

さらに明石さんは「ご自身の結婚を強行した秋篠宮さまは、眞子さまの結婚に対しても強く意見できないのではないか」と推測する。

「眞子さまのお相手である小室さんの身辺調査が不十分だったのも、秋篠宮さまの考え方によるものだと思います。“宮内庁という公的機関に依存したくない”というお気持ちが強すぎたのではないでしょうか。その結果、小室さんへの不信感が高まるような情報が、メディアによって次々と明かされることになってしまった」

眞子さまと小室さんの結婚問題の行く末については、どのように考えているのか。

おふたりは早く結婚なさって、一般の方として暮らすのがよいと思います。

この部分はわたしは違う。結婚はさせてはダメ。絶対に

私が考える問題の本質はそこではありません。皇室の方々には“どのように働きかければ日本のため、そして世界平和のためになるのか”という点に目を向けていただきたい。長い目で見て、皇室のあるべき姿をもう1度よく考えていただきたいのです」

そう主張する明石さんの脳裏には、忘れられない上皇さまのおことばがある。

「もう、上皇さまと会うことはない」

「お代替わり前に行われた、学習院初等科の同窓会で、学友のひとりが当時陛下だった上皇さまに“天皇に即位されてから、どういうお気持ちで国民と向き合われてこられたのですか?”と、大胆なご質問をしたのです。すると、“日本国民がいつも幸せであってくれることしか考えていません”とおっしゃった」

明石さんは、まるで上皇さまに語りかけるかのように「今の皇室の状況を見れば、上皇さまの願いが叶っていないことは一目瞭然ですよね」と、つぶやく。

「私は長生きしすぎたのかもしれません。皇室に関する見聞きしたくなかったことも受け止めなくてはならない。昔も今も変わらず、私は“どのようにすれば、上皇さまが人間として幸せになれるのか”ということを考えてきました。その結果が“絶縁”という形になったのです」

週刊女性に打ち明けた断腸の思い。しかし、明石さんは上皇ご夫妻に直接、伝えたことはないという。

ただし、「美智子さまは、現状をよく理解しておられると思います」と続ける。

「美智子さまは、いろいろなことに神経を使われるお方です。私が考えている“新しい風”がうまくいかなかったということも、お気づきになっているのではないでしょうか。

美智子さまが皇室に吹き込んだ新しい風によって、皇室が崩壊しかかっているってことよ。

本来、皇室はどのような立場で、どのように国民に対して役割を果たすべきなのかをお考えになり、皇室の未来がこれ以上悪い方向へ赴かないように、危機的状況に向き合っておられると思います」

明石さんの推測が的中しているのか、美智子さまは最近、ご体調に変化が表れ始めているという。

「上皇后陛下は思い悩まれていることがあるのか、以前よりもかなりおやせになった印象で周囲は大変心配しています。ただ、時間を見つけてはご友人に電話をかけて、じっくりとお話をされているようです」(前出・上皇職関係者)

美智子さまの体調不良は、コロナのために、音楽会に行けない、博物館見物委いけない、外に出て、国民の注目を受けることが出来ないことが原因よ。

最後に明石さんは、しぼり出すようにこう言った。

「私はもう、上皇さまと会うことはないでしょう」

ご学友の苦しく、切ない声が、敬愛してやまない皇室に届く日は来るだろうか──。

ペんぺん草の独り言

上皇と美智子さま皇室崩壊の始まり

美智子さまはご自身を、イジメられて可哀そうと演出し続け、ご自身が思うように皇室を庶民化してしまった。庶民の皇室になんで、国民は莫大な税金を投じて特別扱いをしているのか、もうわからなくなってきてるわ。

上皇のご学友明石さんは、誰もが思っていても言えないことをはっきりおっしゃって下さっている。

美智子さまが皇室入りする前は、皇族が平民の前で膝を付くことなどなかった。これが国民と近づくことだと美智子さまに誘導されて、天皇が平民の前で膝をつき、天皇と皇室の価値がいつの間にか下がってきてたのよ。

小室圭は眞子サンがICUに進学したことを知って、大学進学を決めたんでしょうね。まあ、カナディアンスクールから進学できる大学はICUくらいしかないからなんだろうけど・・。

紀子さまは皇室に入ってから一生懸命頑張ってきたことは素晴らしいことではあるけど、結婚前の紀子さまは、お姫様願望がおありになったそうで(週刊誌情報)秋篠宮殿下のサークルに入り接近した。

小室に出会った眞子サンはテクニックに翻弄されて夢中になり、紀子さまと出会った秋篠宮殿下も、夢中になり、

結婚したい=やりたい気持ちが抑えられない

という状況など、そっくり

紀子さまが秋篠宮さまに仕掛けたことを、時代は変わり今度は、小室が眞子サマに仕掛け、それにまんまと眞子サンが引っかかり、紀子さまはご自身がやって成功したことを、今度は娘がされて、歴史が繰り返えされたわけだけど、ただ違うのは、紀子さまのご実家のご両親、弟さんには、皇室を利用しようという気はないということよ。皇族関係者となり、皇室を利用するのではなく、利用はされているみたいだけど・・・。

紀子さまの新たな悩みの種?弟川嶋舟さん

小室は親子で皇室を利用しようとしていることは誰が見てもわかることなのに、それを破談にしない上皇、上皇后、秋篠宮家の不思議さ。呆れる。

上皇と美智子さま、というより、美智子さまの考えに上皇がなびかれて、家庭第一主義、一般家庭のような感覚で~をモットーのもとで秋篠宮殿下は育ち、その殿下に育てられて眞子サンも自分が第一になり、もう、これは皇室、皇族じゃないわね。

日本一のセレブ生活保護家庭になっちゃったのよ。

悠仁さまは男系男子だから、次の次、天皇になるんだろうけど、ジジババ、この両親の環境の中で育ち、悠仁さまだけがひとり、私より公を優先する考えに育っているかどうか怪しいわ。

今、愛子さまアゲが盛んだけど、天皇は、マイホーム天皇そのもので、外国に行ってまで、今度は雅子と来たい、愛子と来たいを連発してきていて、国や国民より雅子のご機嫌が大事な方にお見受けするんだけど。

天皇が「オリンピックをコロナ禍にやって大丈夫か?」と発言したことが、政治介入になる可能性があるとかで、大騒ぎになるほど天皇の立場は重いけど、直系皇族の中身はホントに軽い、すっからかんの集団となってしまっている。

もう昭和天皇以前の天皇家ではなくなっている。美智子サマによって破壊されたと思う。

しかし傍系を見ると、彬子さまは、髭の殿下寛仁親王に教え込まれ、殿下を心酔しているだけあって、皇族の在り方をわかってられると思う。

傍系の妃殿下方は元華族や吉田茂の孫や上流階級からお輿入れしているしね。

美智子さまは確かに大金持ちのお嬢様だったけど旧財閥の娘ではなかった。ジョンレノンの奥さんのオノヨーコは旧安田財閥の出で、オノヨーコのほうが、家柄はいいと思う。オノヨーコは上皇と学習院小学校の同級生だったと思う。実家の跡地は現在フィリピン大使館になってるのよ。正田家の跡地は200坪?くらい?草木を植えて公園になってるよ。

日清製粉は確かに大会社だけど、当時日本はそれほどパンを食べなかったし、うどんはやすいとんは食べただろうけど、まさに新興会社、悪く言えば成り上がりの金持ちだったのよ。なんで美智子さまを皇太子候補に国は選んだんだろうか?

常陸宮さまの結婚も、お二人を引き合わすまでに結婚は水面下で決定していて、形だけ顔合わせ(見合い)をした翌日婚約発表だったらしいから、皇太子(現在の上皇)の結婚も当然、水面下で結婚が決定し、正田家からもOKを受けた時点で軽井沢のテニスコートで初顔合わせをさせて、皇太子(現在の上皇)の意向を確かめたんだと思うよ。

結婚を申し込まれて正田家、美智子さまが悩んだとか、ドラマ仕立てに報じられて、当時は素敵~と思った人も多かったと思うけど、すでに決まった事項だったんだと思う。

では一体誰が美智子さまに決定したのか?当時は旧皇族、華族など、降るように家柄の正しいご令嬢の話があったはずなのに、よりにもよって、新興企業の娘を選んだのは誰なんでしょうかね?何かの大きな力が働いて、美智子さまになったんじゃないかしらね?

平民でも、せめて財閥のお嬢様と結婚していたら、違っていたかも。皇室、それも天皇家を庶民的にするなんて考えの人と結婚させたから、すっかり天皇(現在の上皇)は感化されちゃって、今の崩壊になったのよ。

国民に膝まづく天皇

天皇(現在)の場合も、娘を皇太子妃にして、ふたたび、皇室と縁を持ちたいと考える旧皇族はいたはず。旧皇族、旧華族の縁談はあふれかえるほどあったはずよ。当時、週刊誌を賑わせて、いろんな名家のご令嬢の名前が出たけど、旧皇族などの名家と水面下で話を進められたと思うけどしなかった。

結局、外務省での出世を目論む男の娘と結婚し、その嫁は、病気を盾に公務をしない人だった。しかも、天皇をワゴン車の後ろに追い込めて、嫁と娘が手を振っているのが当たり前になり誰もそれはおかしいですよと言えない状況がまた異常だと思う。

天皇皇后雅子さま愛子さま

天皇がオリンピックについて言及しただけで大問題になるという、それほど重きのある方を、ワゴン車の荷台に詰め込んでいることを誰も叱責しない。叱責できる人がいないのか?それともこれが平成流からのやり方で、家族円満、アットホームなんだからと上皇上皇后は思ってるんだろうか?

嫁を旧皇族、旧華族からもらうのが嫌だったんでしょうかね。

嫁は掃き溜めから拾え

とのお考えだったのかしら?

身分の高い家から嫁をもらうと、ご自分のの権威が下がる恐れがあると思われたのかしらん?

結局、美智子さまによって、日本の皇室は崩壊させられたというわけよ。しかし皇室の未来がこれ以上悪い方向へ赴かないようにせめて、小室と眞子サンの結婚の裁可だけは取り消してほしい。2000年以上の歴史のある皇室を消滅に追い込む罪は、許しがたいことだと思う。

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本当に奇跡ね。一人の平民女性が皇室を崩壊へ追い込むなんて・・・。

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