御日拝所を特別公開

15日から特別公開される御日拝所を案内する福田所長
出典:日光田母沢御用邸
栃木県日光市本町の日光田母沢御用邸記念公園は15日から、普段入室できない大正天皇が使用した御用邸2階にある「御日拝所(ごにっぱいじょ)」を特別公開する。11月14日まで。

御日拝所は紀州徳川家江戸中屋敷だった赤坂離宮の中心部分を移築した部屋で数寄屋風の意匠が特徴。皇居方面の南側を向き、大正天皇が歴代天皇などを祭った宮中三殿を遙拝していたという。

特別公開期間中、初めての試みとして特別割引なども実施する。

写真共有アプリ「インスタグラム」の同公園公式アカウントをフォローした人の入園料を割り引くほか、庭園のみ訪れたい人のために通常入園料の半額程度で庭園のみ見学できる特別料金を設ける。期間中は無休。(問)同公園0288・53・6767。

現存する御用邸

那須御用邸

那須御用邸

葉山御用邸

葉山御用邸

須崎御用邸

須崎御用邸

かつて存在した御用邸

横浜御用邸(伊勢山離宮)(神奈川県横浜市) - 1875年(明治8年)設置、1884年(明治17年)廃止。

横浜御用邸跡
出典:産経新聞

神戸御用邸(兵庫県神戸市) - 1886年(明治19年)設置、現在の神戸ハーバーランドの一部。

熱海御用邸(静岡県熱海市) - 1888年(明治21年)設置、1928年(昭和3年)廃止。現在は熱海市役所。

熱海御用邸

熱海は、古来より温泉保養地として著名であった。幼少期の大正天皇は虚弱であったため、宮内省は天皇のための転地療養地を選定していた。そこで、天皇の養育主任・曾我祐準は、熱海温泉におけるリュウマチ療養の経験に基づいて推挙したことから、熱海に御用邸が造営されることになった。

と、いうことです。

伊香保御用邸(群馬県伊香保町) - 1890年(明治23年)設置、1945年(昭和20年)廃止。現在の群馬大学伊香保研修所。

伊香保御用邸

伊香保温泉は、古来より湯治場として著名であった。

数多くの皇族方に利用され、1911年(明治44年)の夏には、当時の皇太子家の迪宮裕仁親王・淳宮雍仁親王・光宮宣仁親王が避暑のため滞在している。

1945年(昭和20年)、終戦に伴った皇室財産の整理によって御用邸としての歴史を終えた。

ということです。

山内御用邸(栃木県日光市) - 1890年(明治23年)設置。現在は日光東照宮社務所。

山内御用邸
出典:山内御用邸

沼津御用邸(静岡県沼津市) - 1893年(明治26年)設置、1969年(昭和44年)廃止。現在の沼津御用邸記念公園。

沼津御用邸記念公園
出典:沼津御用邸記念公園

明治期から昭和中期まで利用されていた御用邸。1893年(明治26年)7月、大正天皇(当時は皇太子)の静養のため、静岡県駿東郡静浦村(現・沼津市)の島郷御料林内に造営された。

宮ノ下御用邸(神奈川県箱根町) - 1895年(明治28年)設置。後に高松宮家別邸、現在の富士屋ホテル別館菊華荘。

現在は豪華なホテルになっている~。
旧御用邸 菊華荘

・https://www.park-tochigi.com/tamozawa/(栃木県日光市) - 1899年(明治32年)設置、1947年(昭和22年)廃止。現在の日光田母沢御用邸記念公園。

今回一部公開される旧御用邸。HP見たら驚くわ、豪華で。日光田母沢御用邸

鎌倉御用邸(神奈川県鎌倉市) - 1899年(明治32年)設置、1931年(昭和6年)廃止、現在の鎌倉市立御成小学校、鎌倉市役所。

鎌倉御用邸跡地

ここ行ったことある~。中には入れないけど見たよ。

”1899年(明治32年)9月に、明治天皇の皇女である富美宮・泰宮による避寒のため、神奈川県鎌倉郡鎌倉町大町(現:神奈川県鎌倉市御成町)に造営された御用邸。1931年(昭和6年)に廃された。”

寒いから別荘建てちゃったのね~すごい!

静岡御用邸(静岡県静岡市) - 1900年(明治33年)設置、1930年(昭和5年)廃止、静岡大空襲で焼失。現在の静岡市役所。
静岡御用邸跡地石碑のみ

現在は市役所になっていて、残っているのは石碑だけ。

小田原御用邸(神奈川県小田原市) - 1901年(明治34年)設置、1930年(昭和5年)廃止。小田原城内にあった。

小田原御用邸

塩原御用邸(栃木県那須塩原市) - 1904年(明治37年)設置、1946年(昭和21年)廃止。現在国立光明寮国立塩原視力障害センター。一部「天皇の間記念公園」移築。

幕末から明治にかけて天皇家の子供たちの夭折があまりにも多いことから1883年(明治16年)に侍医らが連名で改善案をまとめた上申書を提出し、その中に避暑のための離宮の建設があったことから、箱根離宮とともに日光御用邸が建設された。しかし、明治天皇自身は脚気に悩みながらもこれらを一度も利用しなかった。
出典:かつて存在した御用邸

ぺんぺん草の独り言

大正天皇は御身体が弱かったから日光田母沢御用邸でよくご静養されたそうね。ここは上皇が疎開されたところでもあるし、由緒ある旧御用邸だわね。

昔は、寒いから、暑いからと、次々御用邸を作っていたのね~。

それを思うと、今は質素になったものだわ。もしこれらの御用邸が残っていたら、雅子さまはすべて制覇されていたんじゃない?

毎年、3~4の御用邸巡りをなさったと思う。

こんなこと書いちゃあイカンけど・・・明治時代の東北地方は冷害などで生活が苦しい人が多かったのに、御用邸を造設して湯治にいってらしたことを国民が知っていたら、反感を買っていたかもよ。

いあや、それでも皇族は特別だから文句は出なかったかしらん。

今は何でもかんでもネットでばらされるから難儀な時代になったわね。

残された旧御用邸は価値ある財産だから大切に保全してほしい。

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