エリザベス女王の死因が発表されました。老衰だそうです。老衰といえば、ヨボヨボの認知症寝たきりのイメージですが、女王は亡くなる数日前にはイギリス新首相と面会されていました。

体調は悪いが最後の仕事として新首相を任命し、その2日後、穏やかに天に召された女王は、最後まで国家に尽くされました。

英エリザベス女王の死因は老衰

エリザベス女王老衰

【ロンドン共同】8日に96歳で死去したエリザベス英女王の死因について、英北部スコットランドの行政当局が29日、死亡診断書を公開し、老衰だったと発表した。死亡時間は8日午後3時10分だった。

英メディアによると、女王は滞在先のスコットランドにあるバルモラル城で、長男チャールズ国王と長女アン王女に見守られる中、息を引き取った。健康状態の懸念の連絡を受け女王の元に急いだ孫のウィリアム皇太子とヘンリー王子は死に目に立ち会えなかった。

19日に首都ロンドンでの国葬を経て、女王のひつぎはロンドン郊外のウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂に埋葬された。


英エリザベス女王の死因は老衰 96歳、死亡は午後3時10分

 

エリザベス女王埋葬

エリザベス女王埋葬

英王室は24日、英女王エリザベス2世の墓所を示す墓標の写真を公表した。新しく刻まれた墓標には、エリザベス女王のほか、両親と夫フィリップ殿下の名前と生没年が記されている。

8日に英スコットランドで亡くなったエリザベス女王は、19日に国葬の後、ロンドン近郊ウィンザー城の聖堂内で埋葬された。女王がジョージ6世記念礼拝堂内に埋葬されたことを記す新しい墓標が、この礼拝堂の床に埋め込まれた。

墓標には、上からエリザベス女王の両親、国王ジョージ6世と母エリザベス王妃の名前とそれぞれの生没年(George VI 1895-1952、Elizabeth 1900-2002)が刻まれているほか、金属製のガーター勲章の星章が埋め込まれ、続いてエリザベス2世と夫フィリップ殿下の名前とそれぞれの生没年(Elizabeth II 1926-2022、Philip 1921-2021)が刻まれている。


エリザベス英女王の墓標、写真公開 両親や夫の名前と共に

 

ぺんぺん草の独り言

亡くなる数日前にも大きな任命式を行い、仕事をやり終え、ホッとして亡くなった感じがする。ヘンリーとメーガン問題、アンドリュー王子事件など、思い残すことはあるだろうが、あとはヘンリー夫妻、アンドリューが考えることであり、新国王チャールズが始末をつけるしかない。

女王の潔さは最後まで貫かれ、かっこよくてますます好きになったが、アフリカでは戦前の植民地支配に対して謝罪を求めているし、同様にインド、オーストラリア先住民も複雑な心情だと思う。

ヨーロッパの植民地支配は搾取あるのみで、インドの金は大量にイギリスに流れたらしいよ・・・。

しかし女王は謝らなかった。謝罪しなくてすんだのは、イギリスが戦勝国だから。日本は敗戦国だから、昭和天皇にまで遺憾の意を表明させ、更に賠償金を払っても払っても蒸し返されてる。それらの国の政権は反日を利用して政権運用しているんだから、勝てば官軍負ければ賊軍とは、その通りだと痛感させられるわア。

エリザベス女王2世はこの先、大女王として歴史上、語り継がれると思うので、その人生の一部を見ることが出来て良かった。

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