女性天皇も男系
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皇室典範には「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と記載されています。

父方に天皇の血筋を引く男性のみが天皇になると定めており、現在の皇室で皇位継承資格があるのは、秋篠宮さま、悠仁さま、常陸宮さま(上皇さまの弟、天皇陛下の叔父)の3人だけです。

10代8人の女性天皇

過去の10代8人いらした歴代の女性天皇はすべて父方に天皇の血筋を引く“男系”です。

【33代・推古天皇】

29代・欽明天皇の皇女(=男系)で、30代・敏達天皇の皇后。次代天皇は、敏達天皇の孫にあたる34代・舒明天皇

【35代・皇極天皇】

30代・敏達天皇のひ孫(=男系)で、34代・舒明天皇の皇后。

夫である舒明天皇の崩御後、またもや蘇我氏の思惑で、後継者がすんなりと決まらず、中継ぎ的に即位。

【37代・斉明天皇=皇極天皇が重祚】

36代・孝徳天皇が崩御した時、皇太子の地位にいたのは34代・舒明天皇と皇極天皇の第2皇子である中大兄皇子(後の38代・天智天皇)だった。一方で、孝徳天皇の皇子である有間皇子も有力と目されていて、中大兄皇子がすぐに即位することが難しかったため、皇極天皇が再び即位(重祚)して、斉明天皇となった。

次代天皇は、天智天皇。

【41代・持統天皇】

38代・天智天皇の皇女(=男系)で、40代・天武天皇の皇后。

夫である天武天皇との間にできた草壁皇子は有力な後継候補であったが、別腹ゲッ!(꒪ꇴ꒪|||)⚡ の大津皇子も有力な継承者と目された。

両者をめぐって朝廷内部で対立があり、容易に後継者を決定できずにいた。
その後、草壁皇子が亡くなった。ゲッ!(꒪ꇴ꒪|||)⚡

当時、幼少であった草壁皇子の遺子(持統天皇にとっては孫)の珂瑠皇子(後の42代・文武天皇)に皇位継承させるための中継ぎ的な即位。

別腹の子に即位させるものかという執念の女性天皇にみえる・・・

次代天皇は、文武天皇。

【43代・元明天皇】

38代・天智天皇の皇女(=男系)で、41代・持統天皇の異母妹。

息子である42代・文武天皇が崩御した際、その遺子(元明天皇にとっては孫)である首(おびと)親王(後の45代・聖武天皇)はわずか7歳で、年齢的にすぐに即位するのは困難であったため中継ぎ的に即位。

次代天皇は、娘である44代・元正天皇 。

【44代・元正天皇】

43代・元明天皇の皇女で、42代・文武天皇の同母姉。母の皇位を継ぎ、2代続けての女帝となったが、父が40代・天武天皇の皇子であるため、男系を維持。

母である元明天皇が即位後9年で心身の衰えを理由に譲位の意思を表明。しかし、その時点での首親王(後の45代・聖武天皇)は15歳と若く、即位への反発も多かった。

元明天皇と元正天皇と母娘2代にわたって、首親王が皇位を継承するための中継ぎ的役割を果たした。

【46代・孝謙天皇】

5代・聖武天皇の皇女(=男系)

聖武天皇の皇子(孝謙天皇にとっては同母弟)が夭折したため、女性として初の皇太子となり、その後、即位する。女性の皇太子も、皇太子を経て即位した女性天皇も歴史上ただ一人。

次代天皇は、40代・天武天皇の皇孫にあたる47代・淳仁天皇。

【48代・称徳天皇=孝謙天皇が重祚】

父・聖武天皇と光明皇后の間にはついに男子が育たず(基王は早世)、阿倍内親王のみであった。聖武天皇と県犬養広刀自との間には安積親王が生まれたが、後ろ盾を持たなかったため即位は望み薄であり、天平10年1月13日(738年2月6日)に阿倍内親王が立太子し、史上唯一の女性皇太子となり、天平勝宝元年(749年)に父・聖武天皇の譲位により即位した。

権謀術数をめぐらし、この時代ヤヤコシイ。

【109代・明正天皇】

108代・後水尾天皇の皇女(=男系)。

徳川幕府と朝廷との軋轢(あつれき)により、父である後水尾天皇が退位。後水尾天皇の皇子はいずれも夭折していたため、男系男子への継承ができず、皇女である明正天皇が即位した。

後水尾天皇退位後に、明正天皇の異母弟にあたる紹人親王(後の110代・後光明天皇)が誕生し、親王が11歳になるのを待って譲位。

【117代・後桜町天皇】

115代・桜町天皇の皇女(=男系)。

116代・桃園天皇(後桜町天皇の異母弟)が崩御した時点で皇嗣として定められていた英仁親王(後の118代・後桃園天皇)は5歳だった。すぐに即位することが難しかったため、中継ぎ的に即位した。英仁親王が13歳になるのを待って譲位。
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ぺんぺん草の独り言

女性天皇でいいじゃないか、女性天皇を認めないは女性差別だとまで言う人がいるけど、女性天皇と女系天皇の違いをわかって言っているのか?わかって、皇室を解体してやろうと思っているのか?

みんな、当時の女帝は全員男系で、独身(未婚か未亡人)か、親王がまだ小さい、あるいは、親王が亡くなり、孫の成長するまでの中継ぎばかりなのよ。女帝のところに男系でない男が婿に入り、その子供が即位した例はないのよ。

昭和の時代には三笠宮家には、寛仁親王、宜仁親王、憲仁親王がおられたし、天皇家にはナルちゃんと礼宮さまがいらしたので、悠仁さまの次の世代が今のところ…なし・・なんてことになるとは思わなかったわ。

戦後、11宮家の皇籍を剥奪して一気に人数が減ったことと、皇太子妃に天皇家の歴史上初の平民を迎え入れさせることで、GHQは日本人に恨まれることなく長~い時間をかけて、日本の皇室を自滅させようとしたんだわ。

自滅しないためには、国民も皇族も、2000年以上の伝統を安定させて、守り抜く気概で頑張らなくてはならぬ!と思うんだけどね。何が何でもと思えば、出来ないはずはないのに、皇族が個人の幸せなんてことを言いだすようになってしまったわ。それではまるで、国民に金を出させて、セレブ生活を満喫しているだけの集団になってしまう。

悠仁さまというお世継ぎがいても、秋篠宮が眞子さまの間違った結婚を認めてしまったら、一気に世間は愛子天皇押しになるでしょうね。

日本の伝統を素晴らしいと思ってくれる外国人は多いのよ。しかし、日本の中に伝統を潰したい人たちがいるよ。NHKの中に、新華社通信の部署があるというし・・・。こんな弱小ブログを読んでくれている人は少ないんだけど、小さな声でも、伝統を守りましょうよって、言い続けたい。

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